— Notes
道具を選ぶ基準
長く使っている道具には、理由がある気がしている。あるテキストエディタを7年以上使い続けていることに、ふと思い当たったとき、なぜこれなのかを改めて考えてみた。うまく言葉が出てこなかったが、一番近いのは「邪魔をしない」という感覚だと思った。書いているとき、エディタの存在を忘れる。機能の場所を探さなくて済む。手の動きが、考えることに置いていかれない。
物理的な道具でも、似たことを感じる。何年も使っているノートや、使い込んだペンは、持った瞬間から始められる感覚がある。新しいものを試すたびに、まず道具に慣れることに時間を使う。それ自体は仕方ないことだが、その慣れが終わったあと、手に馴染んでいるかどうかで、道具への意識が変わる。馴染んでいると、道具を経由して何かをする、という感覚がなくなる。
短期間で乗り換えた道具には、共通点があることが多い。機能が多すぎて選べなかったか、使い方を覚えることが目的になってしまっていたか、どちらかだ。道具を操作することと、道具で何かをすることが、混ざってしまっていた。
できることの多さより、必要なことへたどり着く自然さ。使う人の流れを壊さないことを、いつの間にか道具選びの基準にしていた。そのことは、自分がつくるものにも、関係していると思っている。